44_Nike's ad causing a backlash in Japan_日本(にほん)で議論(ぎろん)を呼(よ)んだNIKEのCM

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[English and Hiragana Below]


先日、ナイキジャパンがある動画広告を公開しました。それに対し、日本で大きな議論が起きています。その動画広告は、日本人、在日韓国人、黒人と日本人のハーフを含む10代の女子選手たちが、人種などの違いを理由にいじめに遭い、やがてサッカーを通じて自分に自信を持つようになるというストーリーでした。この広告について、日本では賛成派と反対派で意見が真っ二つに割れたんです。


賛成派の人々は、「日本の企業が差別のような繊細な問題を取り上げたがらない中で、そのような問題にスポットを当てたこの広告は称賛すべきものだ」と言っています。一方、反対派は「このCMは差別問題を誇張しすぎていて、日本社会が誤解されてしまう可能性がある」と指摘しています。


この問題について、私の考えを少し話します。まず、このCMにはある程度の価値はあるかもしれませんが、問題点もあると思いました。社会的に弱い立場にある人びとは守られるべきですから、差別について問題提起したことは評価できるでしょう。でも、このCMによって発生した議論から日本人の意見が極端に分かれてしまう可能性があるし、それは、今までいろいろな文化や流れを国全体で受け入れてきた日本のよさがなくなってしまうことにもつながるんじゃないかな?と思いました。

また、賛成!反対!と意見を表明するだけでいいことをした気分になっている人もいるはずです。そうやって企業主導の議論に乗っかって参加するだけではなくて、個人主導でこのような議論や流れが生まれたらいいな、と思います


[Hiragana]


先日(せんじつ)、ナイキジャパンがある動画(どうが)広告(こうこく)を公開(こうかい)しました。それに対し(たいし)、日本(にほん)で大きな(おおきな)議論(ぎろん)が起き(おき)ています。その動画(どうが)広告(こうこく)は、日本人(にほんじん)、在日(ざいにち)韓国人(かんこくじん)、黒人(こくじん)と日本人(にほんじん)のハーフを含む(ふくむ)10代(だい)の女子(じょし)選手(せんしゅ)たちが、人種(じんしゅ)などの違い(ちがい)を理由(りゆう)にいじめに遭い(あい)、やがてサッカーを通じ(つうじ)て自分(じぶん)に自信(じしん)を持つ(もつ)ようになるというストーリーでした。この広告(こうこく)について、日本(にほん)では賛成(さんせい)派(は)と反対(はんたい)派(は)で意見(いけん)が真っ二つ(まっぷたつ)に割れ(われ)たんです。


賛成(さんせい)派(は)の人々(ひとびと)は、「日本(にほん)の企業(きぎょう)が差別(さべつ)のような繊細(せんさい)な問題(もんだい)を取り上げ(とりあげ)たがらない中(なか)で、そのような問題(もんだい)にスポットを当て(あて)たこの広告(こうこく)は称賛(しょうさん)すべきものだ」と言っ(いっ)ています。一方(いっぽう)、反対(はんたい)派(は)は「このCMは差別(さべつ)問題(もんだい)を誇張(こちょう)しすぎていて、日本(にほん)社会(しゃかい)が誤解(ごかい)されてしまう可能性(かのうせい)がある」と指摘(してき)しています。


この問題(もんだい)について、私(わたし)の考え(かんがえ)を少し(すこし)話し(はなし)ます。まず、このCMにはある程度(ていど)の価値(かち)はあるかもしれませんが、問題点(もんだいてん)もあると思い(おもい)ました。社会的(しゃかいてき)に弱い(よわい)立場(たちば)にある人びと(ひとびと)は守ら(まもら)れるべきですから、差別(さべつ)について問題(もんだい)提起(ていき)したことは評価(ひょうか)できるでしょう。でも、このCMによって発生(はっせい)した議論(ぎろん)から日本(にほん)人(ひと)の意見(いけん)が極端(きょくたん)に分かれ(わかれ)てしまう可能性(かのうせい)があるし、それは、今まで(いままで)いろいろな文化(ぶんか)や流れ(ながれ)を国全体(くにぜんたい)で受け入れ(うけいれ)てきた日本(にほん)のよさがなくなってしまうことにもつながるんじゃないかな?と思い(おもい)ました。


また、賛成(さんせい)!反対(はんたい)!と意見(いけん)を表明(ひょうめい)するだけでいいことをした気分(きぶん)になっている人(ひと)もいるはずです。そうやって企業(きぎょう)主導(しゅどう)の議論(ぎろん)に乗っかっ(のっかっ)て参加(さんか)するだけではなくて、個人(こじん)主導(しゅどう)でこのような議論(ぎろん)や流れ(ながれ)が生まれ(うまれ)たらいいな、と思い(おもい)ます。


[English]

Nike Japan recently published a video advertisement that caused a big controversy in Japan. The message of the ad was the following: Female teenagers living in Japan who are of foreign descent and/or mixed race (including Korean-Japanese and Afro-Japanese) experienced discrimination based on their ethinic differences. But ultimately, they were able to build confidence in themselves through soccer. There are two opposite opinions about this advertisement in Japan. 


In Japan, the opinions of those who support and oppose this ad can be divided into two camps. Supporters say that, while Japanese companies do not publicly deal with sensitive issues like discrimination, this ad should be praised for putting these issues in the spotlight. On the other side, opponents suggest that this commercial exaggerates the problem of discrimination too much and may be misleading Japanese society.


Let me share my thoughts on this issue. First of all, although I think this commercial may have value to a certain extent, it has some problems at the same time. Socially vulnerable people should indeed be protected, so it should be commendable that the issue of discrimination is raised. However, there may be a possibility that Japan's opinions will become polarized through the discussions caused by this commercial, and that could reverse the positive progress Japan has made in accepting various cultures and global trends across the country.


Also, some people may feel that they have adequately engaged with this issue by merely declaring loudly that they support or oppose this commercial. However, I think it would be good if - instead of just riding on the back of discussions instigated by companies - individual citizens take leadership in starting discussions on these issues and engage more deeply with them.


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